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4月1日の新聞各紙では、消費税率が8%に引き上げられたことが話題となっている。すでに消費増税は決まっていたことなので、4月1日に8%に引き上げられたことは、筆者にとってどうでもよいことだ。

それよりも、3月31日に国際司法裁判所で、日本の調査捕鯨に中止命令が出たことの方が、今後の我が国の食糧事情に重要な影響を及ぼすことになるので、こちらをもっと深刻に受け止めたい。

捕鯨は食べることが目的


日本の捕鯨の目的は、調査ということだが、国際世論はそのように受け止めなかったようだ。

国際司法裁判所に日本の調査捕鯨の中止を訴えたオーストラリアは、年間数百頭の捕鯨に科学的根拠はなく、実際には、鯨肉を売るための商業主義だと主張していた。オーストラリアの主張については、筆者もその通りだと思っている。

そもそも、スーパーに行けば、クジラの肉を誰でも買うことができる状況で、調査が目的だと言っても、国際世論は納得しないだろう。小売店のチラシには、特売の文字も踊っているのであるから、日本の捕鯨が食べることを主目的としていると言われても仕方のないことだ。

また、判決では、クジラを殺す以外の調査の可能性を探っていないという指摘もあった。これも、ごもっともなことだ。調査が主目的であれば、捕獲したクジラを殺さずリリースすることだってできるはずだ。

日本の調査捕鯨の先にあるのは、明らかにクジラを食べることなのだ。


シー・シェパードの調査捕鯨妨害が判決に大きな影響を与えた?


日本の調査捕鯨に中止命令が出た背景には、反捕鯨団体のシー・シェパードの活動があると言われている。

4月1日付の産経新聞では、シー・シェパードが日本バッシングを世界に広めたことが国際的な世論形成に影響を与えた面は否めないとしている。また、オーストラリア国民がクジラを知的動物と考え、食べることを認めない価値観があることも日本側に不利に働いたとしている。

こういった面も確かにあるのだろう。


しかし、筆者は、それだけが理由で、捕鯨の中止命令が出たとは思えない。

そもそも調査を目的にクジラを捕獲し、それを食べていたことが問題なのではないのか。調査のために捕獲し、その際にクジラが死んでしまったというのなら、国際世論も仕方のないことだと思うかもしれない。だが、最初から捕えたクジラを殺すつもりで、調査捕鯨をしていたのだから、それを調査と認めることはできないというのが、国際世論の答えなのではないだろうか。

日本人である筆者でさえ、そう思うのだから、クジラに親しみを持っている国の人々が日本に嫌悪感を持つのは、当たり前だ。

きっと、シー・シェパードの妨害がなくても、日本に調査捕鯨の中止命令は下っていただろう。


もっと広い視野で食糧問題を考えるべき


産経新聞の記事には、他にも「南極海は世界の鯨の宝庫であり、世界の急速な人口増に伴う食糧不足に対応するため、タンパク源としての鯨の重要性が増すとの指摘もある」と書かれている。

人間は生きていくために必ずタンパク質を摂取する必要がある。だから、人口増に伴う食糧不足に対応するために南極海のクジラをタンパク源としておさえておかなければならないという主張にもうなずける。

しかし、そういった理由で南極海の調査捕鯨をするのなら、南極海で捕獲したクジラを日本人が食べる必要はない。今のところ、日本人は、食糧自給率は低いものの、国民が餓死するほどの食糧難にはなっていないからだ。

日本人がクジラを食べるのではなく、缶詰にして貧しい国の人々に無償で提供しても良いのではないか?調査が目的なのだから、調査後は海外に無償提供しても、損するということはないはずだ。

また、捕獲したクジラをリリースすることで、今以上にクジラの数を増やすこともできる。増やした後に捕獲して食べた方がクジラ資源の枯渇を防げるのだから、そうすべきではないか。

日本の調査捕鯨は名ばかりで、実際には、今すぐに日本人がクジラを食べたいという欲求を満たすための口実にしか過ぎない。


ただ今回の国際司法裁判所の中止命令に日本が素直に従うと表明したことは立派だ。

今回の中止命令を教訓にして、どうすれば、日本人がクジラを食べる目的で捕鯨を再開できるかを検討すればよい。調査の名目は捨てて、正々堂々と商業目的をアピールして国際世論に捕鯨を認めてもらう努力をすべきだと思うのだが、どうだろうか。
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